ファイナンスで日本企業に力を

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財務戦略の実行1年目 ~CFOの評価指標は何であるべきか~

by Tome.App

 

2023年2月14日の決算発表で、CAC Holdingsの財務戦略を開示しました。

現在、当社は財務戦略の第1フェーズに取り組んでおり、その焦点は現存の資産を活性化することで、この取り組みのテーマは「Be VITAL」としています。

 

具体的には、保有している現金や金融資産を、人的資本のエンゲージメント向上や採用強化などの企業活動に投資するために活用します。これにより、眠っていた資産を活性化し、企業活動に新たな活力(VITALITY)をもたらす方針を明確にしました。同時に、株主への還元策も明示しているのですが、財務戦略方針を策定時のことはこちらを参照。

 

ある意味、ファイナンスの世界では超スタンダードな原理原則を導入したわけですが、これを当たり前と言うなかれ。そこには、単なるアイデアや理論だけでなく、データに基づいた検証とロジックが組み込まれています。

それに加えて、実行実現には熱意と覚悟が必要。事業会社のCFOの方には『そりゃそんなに簡単じゃないよね』がおわかり頂けると思いますが、財務戦略方針を検討開始してから約1年間で、様々な施策の実行までこぎつけることができました。

我々の組織はまだまだ成長の途中ですが、経営戦略の実行をサポートする財務施策を短期間で整備し、推進してきた経緯についてこの記事では書いておきたいと思います。

 

目次

 

 

 

重要施策を実行するために共通してやったこと

絶対に実行実現したい重要施策に関しては、全て以下のステップを踏んで進めました。


1. 自らがやる切る覚悟を持つ。
2. 事実をデータで明らかにする。
3. 戦略を熱くシンプルに語る。
4. 共鳴し闘える者をリーダーに据える。
5. 自らが実行に徹底的にかかわる。

 

従って、最後まで自分がやりきる覚悟を持ったその日から取り組んでいくわけですが、
この中では4.の「共鳴し闘えるリーダー」を見つけて必要な職務に据えるのが最も難しいです。他は、自分が歯を食いしばってブラックに働けばなんとかなる(笑)のですが、正しい体制をつくれなければ、戦略や施策が骨抜きとなり実行されないため、最も重要な点だと思います。

 

もともと、自分自身は「組織は戦略に従う」を近年まで信じて疑わなかった人間です。すなわち「戦略」が先に来て、その戦略を実行するために最適な「組織」をつくることがあるべき姿であり、最も効果的であるという考え方です。

 

そのように信じて長いこと仕事をしてきたのですが、

「戦略」の前に「組織」を整えなければならない。

「正しい組織と人」が整わなければ戦略など実行されない。

というように考え方を改めました。

 

過去、「戦略実行が骨抜き」になる場面を何度も何度も目にしてきたのに、戦略が実行されるされないに重要であるのは「人>戦略」である。この事実を、頭の中で整理できていませんでした。この考え方について興味のある方は、三枝さんの著書を是非参考にして下さい。間違いなく、助けになります。

 

次に、各ステップを踏んでどのように各施策を進めたのかですが、財務戦略立案時と配当方針決定時のことについては、冒頭のリンク先に詳しいので、ここでは方針に基づいた各施策の実行について記載していきます。

 

 

150億円成長投資の実行管理

組織としての成長基盤をつくるために、150億円を将来に向けた投資に使うことを財務戦略方針で定めたので、方針に即した実行状況を管理監督する必要が自ずと生じます。

そこで、月次で投資の進捗状況のトラッキングを開始しました。

アウトプットは投資枠に対して実績と将来の見込みを比較する、という極めてシンプルな話ではあるのですが、きれいなワンストップのデータベースがあるわけではないので、「実績」データを採るプロセスから構築しました。

成長投資の対象は単に経理決算数値から採れるものではなく、人的資本投資や新規事業関連投資、M&A関連投資など多様であるため、個別に数字を取得できる態勢をつくる必要がありました。

新しい期がスタートするタイミングで即座にトラッキングを開始したかったので、投資進捗をレビューするためのテンプレートと取得するべきデータを自ら整理して、プロセスを構築しました。正に「自らが実行に徹底的にかかわる」です。

細部の具体的なところや、レビュー開始後の継続的改善については、幸いにも「共鳴し闘える人材」がチームに居てくれたのでスピーディーに投資状況が可視化されるようになりました。あとは、しっかりと投資を進捗させることが経営としての課題です。

 

 

グループCMSの導入

当社で導入した財務戦略では、投資の使途ごとに投資原資の調達方針を定めています。

即ち、リターンが読めないリスク投資には、現預金や資産売却により調達する資金を使い、リターンが見込める事業投資にはデットを活用して資金調達を行い、借入利息以上のリターンを得ることを目標とするものです。

成長投資の使い道を定めたことで、グループとして現預金を何に投資するのか?の優先順位が明確になり、これを機にCMSの初歩の初歩として、ホールディングスに余剰資金を集約する方針とプロセスを構築しました。(下記図で言うStep2までが完了)

CMSの本来のコンセプトからすると、本当に第一歩の感が強く。順次レベルアップしていきたいと考えています。

 

なお、財務戦略方針を固める前の当社の組織では、過去に現預金を一か所に集約することを行った経験がありませんでした。これは「各社の経営は各社の自主性に任せる」という日本企業的なガバナンスを行っていたためです。そのため、CMSは新しい取り組みとなるため、関係者には丁寧なコミュニケーションを心がけました。

具体的には、マネジメント層に向けたグループ全体への情報発信のあと、個社ごとに自ら説明を行い、その必要性をお話してまわることにしました。皆がみな同意では無いにしても、良いことも悪いことも率直に話すべきと考えたからで、情報をできるだけオープンにして全体の預金残高や使い道をなどもつまびらかにしました。「なぜ資金集約など実行する必要があるのか?」について「データで明らかに」「熱くシンプルに語る」ことに徹したのです。

最終的に安全性も考慮して原則月商2ヶ月分の資金を各社に残すことにしたのですが、それを決めるにあたっても、各社の過去2年間の預金残高推移など実データを細かく確認して、ロジックを固めたことは言うまでもありません。

なお、日本企業的なガバナンス自体は、一国一城の主としてグループ各社の経営者の力量を上げるメリットは多分にあるので、一概に否定されるものではないと考えてます。

 

 

政策保有株式の圧縮

株主構成については、当然ながら自社でできることと、できないことがあるのですが、戦略的な意味合いが無い政策保有株式については、積極的に手放すことを進めました。

持っているだけの資産なら、事業をVitalに、組織を元気よくすることに使おうと考えたからです。他方で、事業において強固な関係を築いていくための保有も行っているので、綺麗に圧縮と言うわけではありません。

それにしても上場企業における株主構成の検討や対応は本当に骨が折れます。

安定経営を目指すのであれば「物言わぬ」株主が良いときもあるでしょうし、株価上昇を目指すのであれば、流動性を優先して「物言う」株主が増えるべきでしょうし、その視点が180度変わります。

当社の今の状態は成長基盤をつくるための先行投資を行っている段階ですので、前者の安定経営を向こう3年は継続する方が、ステークホルダー全体にとって良い面が多いように思います。但し当然ながら上場企業である以上、いつまでも安定株主に・・・というのは筋が違うので、最終的にあるべき姿ではないと捉えています。

 

 

株式信託報酬制度(J-ESOP)導入

150億円成長投資の一環として、既存の社員を対象にした株式信託報酬制度(J-ESOP)の導入を決定しました。いまだ、導入準備中で完遂していませんが、導入のためのプロジェクトを推進しています。
2022年の年末に同制度の導入準備を本格的に開始しましたが、9カ月たった現在も引き続き準備中です。本取り組みについては、導入プロジェクトのリードをお願いできる人材(すなわち「共鳴して闘えるリーダー」)をアサインすることができず、CFOの自分がプロジェクトリーダーを務めて推進するに至っています。

本制度を決定する際に、泥水を飲んでも「自らがやる切る覚悟を持って」スタートしているので「自分でやる」という意思決定を迅速に行いました。

しかしながらストックオプションなどはまだしも、人事労務の専門家ではないため、細かくWBSを作成して信託銀行さんやグループ会社人事の方の協力を得ながら推進しています。経験値の無いことも、タスク管理と丁寧な確認作業を面倒がらずに行えば、出来ない業務などない!と自分にいい聞かせながら進めています。

今のところ幸いなことに、大きなトラブルなく進んではいるのですが、経営全体で見れば重要な施策は他にもいくつもあるわけで、専門外領域のプロジェクトを自らがやるとなると非効率ですし、あまり賢いやり方ではないと思います。今回は、已むに已まれず自らが現場の最前線でやっていますが、それだけ「社員のエンゲージメントを高めるための施策として重要視している取り組みである」という意思表示でもあるのです。

 

参考までに進め方の大枠です。当社の場合は諸事情で時間がかかってますが、スムーズにいけば半年程度での導入も可能かと思います。

 

 

データドリブン経営を目指したレポーティング改善

歴史ある日本企業(JTCというらしいですね最近は)で実によく見られる問題が生じており、解決するための活動を開始しました。問題とは「売上」と「営業利益」のどんぶり勘定で目標設定や実績が語られていること。

さらに、売上は売上一本、営業利益は営業利益一本の1ラインでしか数字を見ておらず、中身が分からない。これでは目標設定が妥当であったのか判断ができないし、実績を見ても果たして何が起きているのか、数字で捉えることができません。

業績についての議論は口頭での空中戦が飛ぶばかりとなることが多く、「数字」が使われる場合も、ただ数字が羅列されているだけで、比較が無いので分析ができていない。

まさに「ジャイアント馬場はデカい」で止まってしまっており、「ジャイアント馬場は日本人平均身長の160cmより50㎝も高い!」というような分析に至らないケースが散見されていたわけです。(分析とは何か?は詳しくは安宅さん著書で:イシューからはじめよ――知的生産の「シンプルな本質」

 

とにもかくにも一言で言えば、CFOとして数字では戦えない状況にありました。

但し、そこは歴史あるJTCですので、データは色々持っています。それに、仕訳伝票では読み取れない実態や、過去の歴史など知見を持っている方も多く、分析しようと思えばしっかりと分析できる土壌があるので、これを活かさない手は絶対にない!と考えたわけです。

 

そこで、社内で「データドリブン経営」を目指すとぶち上げました。

巷で言うデータドリブン経営とは、リアルタイムで経営判断を行うようなレベルの経営スタイルだと理解しています。従って、そのレベルには程遠いですが、まずは連結財務諸表で何が起きているのか?をしっかりと数字で内訳を可視化して説明するところから改善を始めることにしました。進め方はいたってシンプルなコンセプトで、以下のような流れで進めています。

 

可視化については、テンプレートと取得するべきデータを自ら整理して、プロセスを構築しました。ここでも、「自らが実行に徹底的にかかわる」です。プロセス化できたものは、次の四半期からは担当のチームに引き渡すことで定型化を進めています。

自分よりも各領域の専門知識や「社内歴史」情報を持っている方も多いので、引き渡した後にさらなる発見があったり、情報が精緻化されたり、外部の血と内部の肉が混ざりあってより良いものになっていく工程は何とも言えない醍醐味を感じます。

更に高度化していくことができれば、PLやBS、CFなどの財務数値を中心とした経営ではなく、Value Dynamicsの考え方を取り入れ、企業価値に最も影響する重要な指標を中心にモニタリングしていく仕組みを目指したいと考えています。

Value Dynamics 2.0 by T.M

 

 

予算プロセス改善

データドリブンの項で触れた通り、まずは「今を知る」ことが重要な状況にあり、それが故に予算策定についても類似の課題がありました。どうしても「売上」と「営業利益」が中心となったコミュニケーションに偏っており、「数字」や「データ」に関してはその他の議論やレビューが薄いまま、「予算や目標」が語られている状況でした。

ホールディングスが、どこまでグループ各社の経営(予算の内容)に立ち入るのかという問題は残りますが、投資の優先順位を判断するためにも、グループ各社及びその商品とサービスが、ライフサイクルのどの位置にあるのか、を理解しないことには始まりません。また、コストの部分にも光をあてて、不要不急なコストが生じていないのか、分解していかなくてはと考えてます。

まずは、ごく一般的な内容ではありますが、以下のようなコンテンツを予算の取り組みに採用するようにしました。どこまでこういった取り組みがワークしたのか、は後日改めて振り返りたいと思います。

・市場成長性とシェア(サービス、プロダクト毎)

・競合、強み、成功へのアクション

・PLの推移と計画(売上から最終利益まで)

・売上と粗利の推移と計画(サービス、プロダクト毎)

・人員数の推移と計画(エンジニアとそれ以外を分ける)

販管費の内訳推移と計画

・PL外のBS投資の推移と計画

 

 

外部リソースと一体となったチームの構築

様々な財務施策の実行に加え、データドリブン体制を構築するために、即戦力人材を中途採用で獲得することを目指しました。企業としてのブランド力が弱いので、採用に至るまで約1年、長期に渡る採用活動を行うことになりました。

ブランド力が無いと言っておきながら、強いチームを組成したかったので妥協はせず、その間、必要な業務はどっぷり自らがプレイングしながら、平行して採用活動を行うことに・・・。

過去の職場で共闘した優秀人材は、各々の場で活躍しているので招聘することもできず、時間をかけました。

それにしても、年々と採用のハードルが上がっていることを実感します。この先どう考えても、働き方の多様化と少子化により、もはや正社員やフルタイム契約社員のみで業務を遂行していくのは困難と見据えており、フルリモートのアウトソース先にも協力頂ける仕組み構築にパワーを割きました。

 

今後、自部門に限らず、外部リソース活用の仕組みを横展開していけば、コスト効率の高いオペレーションをサステイナブルに構築できると考えています。より生産性の高い共同作業ができるよう、人任せにせずに取り組んでいくつもりです。

マネジメントの役割には、チームを構築する責任がありますが、既に今現在、社員、契約社員フリーランサー、業務委託、アウトソーシングを統合したリソース・マネジメントが必要になっていると考えています。

 

 

CFOの評価指標は何であるべきか

以上、ここ1年で推進した財務関連施策について書きましたが、各施策が寄与すべきゴールは「企業体としてビジョン・ミッションの達成に近づくこと」に尽きます。

各施策を実行しても、そのゴールに繋がらないものであれば意味がないですし、またCFOというロールにおいては結果を出さねば意味が無い。プロセスではなくて結果にコミットするべきで、結果でCFOは評価されるべきだと思います。

では結果とは何を指すのか?ですが、ビジョンやミッションへの達成度合いを直接測ることは難しいことが多いですが(例えば当社では「社会にポジティブなインパクトを」となるのですが、じゃぁどれだけポジティブなの?を測るのが難しい)、企業としてのありたい姿を達成した状態においては、社会ニーズに貢献する機会が増え、その結果として売上や利益、資産、時価総額が拡大してくのだと思います。

従って帰結するところは、どこまでも数字であるので、全社レベルの財務指標がCFOの評価指標としては不可欠なのだろうなと思います。

それがゆえに、自身の場合は評価指標として、連結グループ全体の売上、純利益、ROEなどを置いてもらっています。当然その目標達成に向かって頑張ることは頑張るのですが、それ以上に私の場合は「自身の会社を元気にして、日本経済に少しでも貢献する」が勤勉に働く理由ですので、それに向かって邁進するのみです。

「元気」も図りずらいですが(笑)