ファイナンスで日本企業に力を

ファイナンスで日本企業に力を

上場企業における配当方針決定の実際

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2022年12月期の決算発表から約2ヵ月。

CAC Holdingsの株価は決算発表前日から+15%上昇した状態を維持しており、時価総額は+30億円超、PBRは1倍の近似値にまで上昇しました。(決算発表についてはこちらの記事参照)

決算発表のタイミングで今後の配当方針についても開示したのですが、このように株価に大きな影響を及ぼす「配当方針」はしっかりと考え抜いて立案、実行すべきCFOの重要アジェンダであることは言うまでもありません。

ですが、配当方針は企業によって本当にマチマチで。ロジックだけではない「経営者の想い」も多分に反映されるセンシティブな内容であるためか、実際にどのように配当方針を決定しているのか、実務的にどのように考えて方針決定に至っているのか、あまり情報は外に出て来ません。

当プログのテーマは「ファイナンスで日本企業に力を」ですので、成功・失敗含めてファイナンスパーソンの有益な情報となるようチャレンジする意味も込めて、どのような考えで配当方針を決めたのか書いておきたいと思います。

 

 

 

配当方針で株価がかなり動いた

 

Yahoo Financeより

上記グラフで見て頂くと、決算発表後に株価が上昇していることが分かります。これは本決算発表で「配当方針」を明確にしたことで、結果的に「増配」予想となったことが強く影響していると考えますが、それ以外にも事業開発の先行投資が進んでいることや、スタートアップとの協創などSIerとしてはチャレンジしていることも、株式市場から評価されているのではと思います。

 

CFOはどのような姿勢で「株価」に臨むべきか

CFOのミッションは「企業価値の向上」であることは疑いの余地は無いのですが、上場企業における「企業価値」とは一体何を指すのでしょうか。狭義で言えば「株価=時価総額」が企業の価値であるとも言えますし、広義で言えば事業価値、非財務価値、株主価値で構成されるとも言えます。

個人的には広義の後者こそが「企業そのもの」の「価値」であると思います。

そのため、短期的視点で「株価上昇」を目指す活動にフォーカスした行為は、経営の目を曇らせる恐れがあるので重要視していません。当然「株価=時価総額」が上がれば社会・市場から評価されていると感じられるので素直に嬉しいですし、株主への還元という意味でも素晴らしいことだと思うのですが、それはあくまで正しい経営を行い、投資家から評価された「結果」でしかないと考えるようにしています。

今回、増配予想を開示したことも「株価を上げる」ことが目的ではありませんでした。あくまで投資余力と今後のキャッシュフローの見込み、から正しく株主還元である配当を行うべきである。それを軸に検討した結果、増配になっただけ、であり株価を上げることを第一の目標に行っているわけではありません

株価は本源的には、以下のサイクルを好循環させることで上がっていくことを見込むべきなのだろうなと思います。

 

事業をしっかりと成長させる。

社会にとって意義のある事業を行う。

儲かった分は事業に再投資する。

頑張った社員に報酬で渡す。

オーナーである株主にしっかり還元する。

 

配当方針の種類

配当方針は、どのような配当政策で経営を行い、株主還元を行っていくのかに応じて決定する必要があります。事業の成長ステージに応じて捉え方も変わってくるとは思いますが、それぞれの特性は一般的には下表のように分類できます。

 

なお、生命保険協会の調査によれば「配当性向」を配当方針として公表している企業が最も多く、次いで「総還元性向」「DOE」という順序になっており、市場全体では業績に連動した配当」に関してコミットメントする傾向が高いと言えます。

https://www.seiho.or.jp/info/news/2022/pdf/20220415_4-all.pdf

 

なお、各指標のベンチマークをしたい場合には、JPXの調査レポートのサイトに全産業のエクセルデータがありますので、活用してください。

www.jpx.co.jp

 


どうやって配当方針を決めたか

以上、市場全体の状況を確認しましたが、その上でCAC Holdingsがどのようなコンセプトで配当方針を新たに定めることになったのかを見ていきます。

 

中期経営計画及び株主へのメッセージの一貫性を起点とした

配当方針を定めるにあたり、まずはじめに大事にしなければと考えたのは、中期経営計画と整合した内容であること。また、これまで株主に対して宣言してきた「安定配当」のコミットメントと一貫性があること。この2点でした。

前者の中期経営計画との整合性で言うと、本計画では当社の主要事業であるSIerのビジネスを持続的に成長させること、また主要事業とは異なる新たな事業を生み出すこと、すなわち「両利き経営」の達成を目指していますので、この方針に即した配当方針とする必要がありました。

後者の株主に対するコミットメントでは、歴史的に増配を継続してきたことに加え、中計経営計画の中でも、成長と安定配当の実現を宣言しており、この一貫性を維持することも重要な点として考慮しました。

成長の視点から言うと「事業がしっかり成長して高いROEを達成」できる場合には成長加速のための事業再投資にまわし配当性向を下げる。逆に「事業が成長せずにROEも改善しない」場合には、内部留保ではなく配当性向を上げる。この両軸を満たしつつ安定配当のコミットも継続できる。この3つ巴の条件を実現できるのDOEが最もマッチした配当方針であると考えました。

このコンセプトの一貫性から議論を開始し、次に述べる財務情報の検証を行って最終決定に至っています。

 

資金余力と投資のバランスを確認

配当に限りませんが、当然ながら配当も大きな支出になりますので、全体の資金余力を確認することが重要です。そのため配当に限らず全社的な財務戦略を立案する中で、配当も包含して検討を進めました。財務戦略についてはこちら参照:

tatmik.hatenablog.com

 

財務戦略の追加の論点として「配当としての株主還元」と、「事業への再投資」、「社員への還元」、この3つをどのようにバランスさせるべきか、を方針決定に向けて検討しました。厳密に1対1対1のバランスとまではいかないまでも、中期経営計画フェーズ1である2025年12月末までに予定する成長投資150億円とのバランスを勘案した場合、「事業への再投資」が最も多くなるのですが、現在は事業成長の基盤を創るステージと位置付けているので、再投資に偏った資金配分となっているのが正しい状態であると判断しています。 

 

定量的なシナリオを分析

資金のバランスを確認すると同時に、配当方針の変更による影響度の分析を行いました。しつこいですが「株価の上昇」は目的ではないものの、当然ながら「増配」にフォーカスされて株価が上昇することが強く見込まれていましたので、どのような結果になるのか仮定を置いて、状況把握に努めました。

定量的な影響としては、株価の上昇率を前回増配時の実績を元に試算し、時価総額並びにPBR変化の仮定を置きました。と、言いたいところですが前回増配予想を開示したのが2020年2月。正にコロナで世界的に株価が大幅に下落した時期でした。CAC Holdingsの株価も同じように大幅下落しており、とても試算のベースとして活用はできず。

そのため、更に遡り2019年度に増配予想を開示した際の株価変動を元に株価上昇の想定を置きました。その結果、今回の増配予想開示後の株価上昇はノーサプライズでした。

株価上昇に伴う、PBRやプライム上場維持基準である1日当たり平均売買代金への影響についても事前に試算をしていました。

東証全体でPBR1倍割れの企業が多いのは周知の事実ですが、CAC Holdingsも長らく1倍を大きく割り込んでいましたので、株価上昇でPBRが1倍近似値になるのは前向きにとらえるべき状況と判断しています。流石に時価が簿価を割っている状態は、ファイナンスを勉強してきた人間からすると気持ちよくはない。

東証、低迷日本株に警鐘 PBR1倍割れで改善策要請 - 日本経済新聞

 

ただ、適正な株価水準なるものを、企業内で目標として設定するべきか、については議論のあるところかと思います。株価は結局のところ、企業側からコントロールはできない代物なので適正株価は何か?について積極的に時間を使って考えることはしていませんが、攻めの姿勢で行くなら同業種のPERやPSR、EBITDA倍率を上回る株価水準、保守的に行くなら流通時価総額100億円以上やPBR1.0倍などの上場維持基準等ルールベースの水準を守りに行くのが目標になるのかなぁと思います。

このあたりはまだまだ考え方の深化が必要だと感じています。

 

定性的なインパクトを期待

定量的なシナリオに加えて、定性的なインパクトについて、何を期待するのか明確にしました。最も重要視したのは、当社が行動規範で掲げている「仕掛ける/チャレンジ」を実行に移す企業である、というメッセージを明確にしたい、と言う点です。

あらたな配当方針であるDOE5%は、中期経営計画の最終年度である2025年12月期までに達成することも考えていましたが、先に述べた資金余力等を検証した結果、他の目標に先立って実現させることができるとの結論に至りました。より、保守的に安全に2025年まで判断を繰り延べる手段も取れましたが、「前倒しできる目標は先に達成する」チャレンジする企業であるとのメッセージを社内外に打ち出すためにも、今回の開示は意義があると考えています。

社内においては、行動規範として「チャレンジ」を求めていますので、経営陣が果敢にチャレンジする姿を見せなければ、とても社員からの共感は得られないでしょうし、人材の獲得競争に置かれている現代において、将来仲間になってくれるであろう優秀人材からも「仕掛ける」会社とは見てくれないのではないでしょうか。こういった1つ1つの取り組みが、採用機会の拡大にもつながればという思いも込めてやっています。

社外に対しては、我々が推進する「新規事業投資」に関する実行内容も、配当方針とあわせて開示を推進するようにしたので、当社が積極的な新規事業への投資を行っているメッセージとも相まって、将来の投資機会の拡大につながる環境づくりの一助になっています。

株主目線で考えれば、成長の下地を作りながらも、高い配当水準を目指す企業として、当社を応援して頂ける株主の皆さんを惹きつける機会にあればと考えています。その結果、株価の上昇により、株主還元の向上にもつながれば言うことなしですが、それを達成するには、今後も事業をしっかりと成長させることしかありません。

 

目標とする「仕掛ける」企業を実践する内容であるか確認

最後に「仕掛ける」企業として配当方針の十分性を検討しました。

同業他社や市場平均とベンチマークを行い、高い株主還元を示しているかを検証。新たな配当方針を適用すれば必要十分と考えました。DOE5%も先ほどの上場企業平均より高い水準にあります。資金余力を注意深くモニタリングしながらも、財政悪化を招かない範囲で平均よりは高くしたい思いがありましたので、最終的には「DOE5%水準を目指し各期の業績や経済情勢を鑑みて配当を決定する」旨の開示となりました。

しつこいですが、事業成長が本質的な企業価値ではあるものの、折角チャレンジしているので高配当株としての側面もクローズアップ頂けるのは良い点だと捉えています。

CAC Holdings 統合報告書より

 

最後に

配当方針を決定するにあたり、CFOやIRのKPIに「株価水準」を設定するのは個人的には反対の立場を取ります。世の中には異なる意見もあるでしょうが、短期的な目線で「株価上昇」を目指す行為は、経営の目を曇らせて、さらには本質的ではない行動に重きを置くような力学が働きかねません。あくまで正しい経営を行い、投資家から評価された結果、株価が適正な水準になる、ことを考えるようにしています。株価水準は結局投資家が決定することであって、企業側でコントロールできるものではありませんから、そこに経営リソースを割くのは議論があって良いと思います。株価を何とかするための活動ではなくて、企業価値向上のために自身の力で実現できることに時間を使う方がよほど有意義であると信じます。

以上、「配当方針」はしっかりと考え抜いて立案・実行すべきCFOの重要アジェンダであることは言うまでもありませんが、株価に惑わされて正しいジャッジが出来なくならないよう、注意すべきであることを明確にして終わりたいと思います。

配当方針で悩むファイナンスの同志の皆さんの一助になれば幸いです。

健闘を祈ります!